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​バテッ(Batek),
スマッ・ブリ(Semaq Beri)

バテッとは、彼らの言葉で「(我々と同じ)人」という意味。英語ではBatek、マレー語ではBateqと記します。一方スマッ・ブリは彼らの言葉で「森の人びと」という意味。英語でもマレー語でもSemaq Beriと記します。バテッもスマッ・ブリもオラン・アスリとして政府に登録されています。
オラン・アスリ (Orang Asli)
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1960年代頃のオラン・アスリ諸集団の利用域
「オラン・アスリ(Orang Asli、先住民)」の「オラン」はマレー語で「人(人びと)」、「アスリ」は「元々の」といった意味。つまり「オラン・アスリ」とはマレーシア半島部の先住民の総称です。海の民、農耕民、狩猟採集民と多様な18民族がオラン・アスリとして登録されており、言語や見た目、生活スタイルなども様々です。植民地時代より政府はこれらの人びとを主に身体的特徴に基づいて、「ネグリト(セマン)」、「セノイ」、「ムラユアスリ(アボリジナルマレー)」という3つに分けてきました。
「ネグリト」という語が好ましくないという理由から「セマン」使われることもありますが、マレーシアでは「セマン」という語にネガティブなニュアンスがあるため「ネグリト」を公的に使用しており、ここでもそれに倣って記載します。
バテッはネグリト、スマッ・ブリはセノイに分けられています。

ネグリトは縮れた頭髪で色の濃い肌、そして身長が低い人が多いとされてきました。1960年代までは多くの集団が半島北部の森林周縁で狩猟採集と交易、そして農民の手伝いなどを組み合わせて暮らし、遊動性の高い生活を送っていましたが、現在は遊動性が低下し、バテッのように村やその近くで(時に移動キャンプを組み合わせて)暮らしています。


セノイはネグリトよりも高い身長、より薄い肌色とゆるやかにウェーブした頭髪が典型的だとされてきました。半島中部で焼畑移動農耕やそれに交易を組み合わせた暮らしを営んでいましたが、現在では都市で仕事に就く人もいたりと様々です。なお展示写真のスマッ・ブリは、スマッ・ブリのなかでも狩猟採集への依存が強い人びとです。
 

​プロフィール

作家) Dome(写真家)

1976年マレーシア・クアラトレンガヌ生まれ。1996年より写真の世界に入る。風景写真をはじめとし、2009年からはオラン・アスリのバテッやスマッ・ブリなど先住民の日常生活を撮影。バテッについては、ナショナル・ジオグラフィック、Canal+、RTMなどのメディアチームと共同でドキュメンタリー番組を制作。また国内外の写真コンテストで数々の賞を受賞。マレーシアの写真雑誌Fotografikaのレギュラーライターを務める。現在の新たな関心は、旅行写真、特にアジア諸国での少数民族に焦点を当てた写真など。

Website: digitaldome

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企画) 河合文(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

人類学者。主な研究テーマは人と環境の関係、狩猟採集民​研究など。主な著書に『川筋の遊動民バテッ:マレー半島の熱帯林を生きる狩猟採集民』(京都大学学術出版会、2021)がある。

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